『ワールド・ネバーランド』シリーズ過去作品のブログ内まとめページです。
プルト(フランコ28国)のプレイ日記や他過去作の思い出語りがあります。
【オスキツ国】第4話 波乱のトーナメント幕開け【ティム王子攻略編】
波乱のトーナメント幕開け
惚れっぽい1日
192年7日。
ティムとケンカした(あたしが一方的に口を利かないだけ)まま試合当日を迎えた。
ティムってば朝っぱらからあたしに用があるみたいだったけど、こんな時間に来るならあたしはあいつにとってその程度の存在だったんだろう。
話してもどうせまたケンカしちゃうから、今日は同じ時刻に試合を控えたアンテルムに会いに行くことにした。
トレードマークのオールバックを見かけたので駆け寄ってお守りを渡そうとしたら……
アンテルムが振り返った途端辺りが良い香りに包まれて、あたしの頭の中では花畑がふんわりと広がっていく。
医務室での出来事や魔獣の森で2人きりになったことを思い出して、ティムがダメなら弟のアンテルムとならどう……なんておかしな考えまで浮かんでくるほど、そのときのあたしは本当にどうかしていた。
レリアさん、私の顔に何かついているのか……?
おっ、お守り! 応援には行けないけどお互い頑張ろうねっ!!
じゃあ、バイバイ!
だから王族はダメだってば!!
ティムにフラれたショックで惚れっぽくなってしまったみたいで、あたしはアンテルムにお守りを押しつけるように渡してその場から逃げ去った。
続いて試合前に会場の下調べをしておこうと、地図を見ながら選抜トーナメントに使われる練兵場を再確認。
ほら、遅刻したら最悪だし。
あたしがティムにフラれた噂は国中に広まっているようで、心配した男友達が異性を紹介しにやってくる。
この人は新成人のロニー・ロレンテ。
ウィアラさんに言われて練習試合の相手を探しているときにたまたま近くを通りかかった彼を引っ張っ……運命的な出会いを果たした感じ?
本当はアンテルムにお願いしたかったけど、国民は王族や武術職とは試合できないから一般国民の練習仲間がほしかったわけ。
ちなみに彼には超美人の彼女*1がいるようであたしがつけ入る隙はない。
今は新しい出会いを求める気もしなくて、紹介された人にわざわざ会いに行こうとは思わなかった。
やっほーレリアちゃん、もしかして緊張してる?
そんな釣られたポポゴみたいな顔してちゃ、可愛い顔が台無しだよ
……はぁ
木造橋ではアンガスと出会った。
こいつも黙ってさえいれば世界中の女性を虜にする魔性の美少年。
試合当日なのに相変わらず遊びほうけているようで、こんなヤツと戦うあたしにまで怠け者が移りそう。
仕事のスピードに関しては真面目な人から見ればどっちもダメダメだろうけど、むじゃきはろくでなしよりマシだから!
……なんて、本気で騎士を目指すなら失恋くらいで落ち込んでなんかいられない。
気合いを入れ直すためにアンガスに宣戦布告してやった。
真面目な話はこの辺にしてさ……ドルム山でウォーミングアップでもしない?
試合前は探索はできないけど外で仕事をするくらいなら大丈夫。
橋の横で釣りを始めるティムの姿が見えたのもあって、ちょっと遠くへ行きたかったのもある。
アンガスに連れられ、険しい山を登って足腰を鍛えながら洞窟の中へ。
しばらくヒマだからミアラさんに頼まれた化石でも探そうかな。
レリアちゃん、初めてでしょ?
大丈夫。オレは初めての女の子には優しくするから
新成人のあんただって初参加のくせに、えらそーに何言ってんだか。
王子だろうと誰だろうとあたしは一切手加減しないから!
と、アンガスの挑発にツルハシを握る手にも力が入る。
ふと横の木箱を見ると、アンガスが足を組んでこちらをニヤニヤと眺めていた。
ちょっと、人をこんな所まで誘っておいて何サボってんのよ。
高みの見物のつもり?
オレは見る専門だから。
女の子が一生懸命採掘してるのって、いくら眺めても飽きないんだよね〜
あっそ。じゃあツルハシが頭に当たっても文句言わないでよ……あれ?
いつの間にかアンガスはいなくなったみたいで、あたしは洞窟の奥で置き去りにされてしまった。
ウソ、迷子?
もしかしてあたしを遅刻させる作戦だったの!? 絶対許さないんだから!!
そういうときこそ導きの蝶の出番だ。
薄暗い洞窟から執念でアンガスを追いかけて、練兵場に着いた頃には汗だくで疲労はMAX。
試合直前なのに水も飲めず、最悪なコンディションのまま本番を迎えることになってしまった。
波乱の幕開け
死ぬ気で走って練兵場に滑り込んだ頃、会場の中心には既に審判が立っていて、客席にはアンテルムの姿もあった。
闘技場の試合はもう終わってしまったようで、時間はギリギリ夕1刻……待ちくたびれた観客(主に女性陣)の視線がひたすら痛い。
試合開始の合図が鳴り、左手のアンガスが入場。
どんな武器を持っているのかと思えば初心者用の弱っちい剣……? だったら楽勝じゃん!
192年7日はこのオレ、アンガス様の記念すべき初試合!
愛しの子イムちゃんたち、全力でオレを応援してくれるよね?
一方であたしの方はガラガラだった。
ティムもアンテルムも最前列の家族席にいて、アンガス側の客席には女の子がたくさん。
別にうらやましくなんてないし、応援なんてなくても勝てるってことを今から証明してやるから。
レリア・ランフランク、いきま……ふぎゃっ!
うえっ、口に入っちゃった……
アンガスを真似て剣を高く掲げ、前に進もうとした途端異変は起きた。
昨日雨が降っていたせいであたしはぬかるみに足を取られ、顔から思い切り泥に突っ込んでしまったんだ。
これはこれは、チョコレートの泉から可愛い妖精さんの登場だ
水たまりに映るあたしの姿は可憐な妖精というよりも森にいた泥の魔物。
アンガスの全くフォローになっていない言葉が観客の爆笑を誘い、どう見ても恥の上塗りでしかなかった。
というのはおいといて、エルネアでの公式戦はポイント制ではなく単純に相手の体力を減らして膝をつかせたら勝利らしく、技や作戦を考えたり難しい駆け引きなしの力比べが主流だ。
な~んだ、プルトの試合より簡単じゃん!
先手必勝! 秒でぶっ飛ばしてやるんだから!!
あたしは助走をつけて飛び上がり、アンガスの頭上から一気に剣を振り下ろした。
アンガスはというと、剣で攻撃を受け止めながら不敵な笑みを浮かべてこんなときでも余裕しゃくしゃく?
……やっぱりね、ティム兄の言ってた通りだ。
オレ、素直な子は好きだよ
ティムが何を言ったのか知らないけれど、温室育ちの細っこい王子なんてあたしの敵じゃないから!
アンガスは反撃するのかと思えば、
へぇ、腰も細くて可愛いじゃん。
試合じゃなかったら今すぐ抱き寄せて……おっと
相手の出方がわからない以上、剣を正面に構えたまま後方に飛び去ることで危険を回避。
確か武器屋には二刀流用のダガーもあったはず。
しょぼい剣はおとりで、もう1本武器を隠し持っていたっておかしくない。
腰に目をつけたということは回り込んでくる……?
ねえ、そろそろ降参してよ。
女の子にケガさせたくないからさ
何言ってんの!? この状況で逃げるとかありえないでしょ!
力比べだったら負けないから!!
どうせあたしは他の戦い方なんて知らないんだし、魔物とだって練習試合だって正面から真っ向に挑んで勝った!
あんたが動かないんだったらこのまま叩きのめしてやる!!
あーあ、どうなっても知らないよ
アンガスが剣を地面に突き立てると、どういうわけかあたしの剣は一瞬で粉々に砕けてしまい、手には黒い持ち手の部分だけが残った。
女の子たちの大歓声が上がり、アンガスはこちらに勝ち誇ったような表情を見せると審判と客席に投げキッス。
……ふぅ。
この子の武器が壊れちゃったからオレの勝ちね、審判のおねーさん
エルネアの試合は武器が壊れたら終わりなの!?
ふざけないでよ! 審判が女の人だからって色目まで使って……!
あたしは足元の泥を拾ってアンガスの顔に投げつけた。
使い物にならない剣を投げ捨て、拳を握って飛びかかると客席にどよめきが起こる。
プルトでは剣を弾かれたって素手や魔法で戦えるし、あたしは武器なんてない方が本領発揮できるから!
ちょっ、そんなのアリ!? なんか今顔に飛んできたよね!?
審判さん、あたしはまだ戦えます!
……ッ、プルトの武人の力、全国民に見せつけてやるんだから!!
拳が頬をかすめ、アンガスがひるんだ隙に水たまりめがけて投げ飛ばす。
起き上がろうとしたところで得意のヘヴィブルーズをお見舞いすると、ヤツは膝から崩れて泥の中へ。
――騎士隊が駆けつけ、アンガスは担架で医務室に運ばれていった。
夕2刻。
あたしは審判の指示で退場することになり、客席の女の子たちは阿鼻叫喚。
彼女たちが去った後は歓声も拍手もなく辺りはただ静寂……というよりも沈黙に包まれていた。
あたし、やっぱり負けちゃったのかな……
試合については想定外のことが多く騎士隊で審議中だ。
アンガスは君の武器が壊れるのを待っていたのだろう。
女性に甘い彼は君を傷つけることなく戦意喪失を計ろうとした……だが君の場合、それが裏目に出てしまったわけだな
事情を知っているアンテルムは慰めてくれたけれども、多くのエルネア国民にとってあたしの戦い方は受け入れがたいように思えた。
試合だったとはいえアンガスを思わぬ形でボコボコにしてしまったこともあって、あたしは何も返せなかった。
レリアよ、先ほどの試合を少しだけ見させてもらったぞ。
あれがティムに見せた最終奥義・ヘヴィなんたらだな
へ、陛下!
あたっ……わたしにとっては最終奥義というか、まだこれしか使えなくて……
アンガスにはオレもヴィクトリアも手を焼いていてな……あれであいつも少しは痛い目を見ただろう。
それよりもティムだ。昨晩からひどく落ち込んでいるようだが、何かあったのか?
はい……ティム様とケンカしてしまって……
後でアンガス様のお見舞いにもうかがわないと
陛下はあたしに花束を2つ持たせてくださった。
王家の温室で採れた花々は恋人に贈るものだけど、陛下がお望みなのは2人との関係の修復……考えると気が重い。
まあ何だ、試合の件は当事者同士で話し合った方がいいだろう。
ティムとの件は……男と女は色々あるからな
レリアさん、君の剣は修理に出しておこう。
この辺りで待っていてくれるか
……ねえアンテルム、武器が壊れたのってあたしの戦い方が悪かったからだよね。
あんな戦い方もうしないから……1から剣の使い方、学ばせて!
ああ、私にできることがあればいくらでも協力しよう。
それでは少し、失礼する
――アンテルムから借りた正騎士の剣は重く、練兵場通りのカカシで数回試し斬りをするだけでも息が上がる。
どうも持ち方からして違ったみたいで、切るというよりも叩きつけるように使っていれば短期間で壊れるのも無理はない。
試合前に武器を掲げるのは作戦立てや観客へのアピール以外にも審判が損傷をチェックする意味もあったらしく、入場した時点であたしの剣は少なからず刃こぼれを起こしていたという。
そうなる前にタナンの高炉で修理しておくべきだったんだけど、あたしはそれをしなかった。そもそも知らなかったんだ。
加えて時間もギリギリでこれ以上観客を待たせるわけにはいかず、武器の破損は(ルール上)自己責任ということで試合は始まった。
それで、あの場の誰もがあたしが負けると思っていたわけだけど……
さてと、濡らしたハンカチで顔を拭いて汗も泥も綺麗さっぱり!
空になった水筒は後で水源の滝に持って行こう。
……これで正しい剣の使い方は覚えたな。
私からのお願いだが、筋骨堂で武器を引き取ったら難易度2の各ダンジョンを最後まで探索してきてくれないか。
深い森の探索を終えたらまた私の元に来てくれ
アンテルムが言うには、難易度2のダンジョンをクリアした新規移住者には各武術組織から体験服のプレゼントがあるそうだ。
これを着れば各役職の仕事を体験できるだけでなく、あのゲーナの森にだって挑戦できる!
ティムがあたしに難易度2のダンジョンの踏破を勧めてくれたのはこのためだったのかもしれない。
だったらなおさら謝らないと!
アンガスのお見舞い
192年8日。
この日は入国以来ずっと気になっていた収穫祭……なんだけど、あたしはまず医務室に向かった。
約束通り、昨日ボコボコにしてしまったアンガスのお見舞いだ。
昨日はごめん、陛下から花束をいただいたんだ。
……あたしの顔、思い切りぶん殴っていいよ
オレが女の子を殴るとか冗談きつすぎでしょ。
でも一国の王子の顔をボコるとか下手すりゃ国際問題だよ?
キスしてくれたら許してあげるけど
や だ
花束を置いて帰るつもりがアンガスは食べ物にありつけないイムみたいな顔でこちらを見つめてくる。
湿布の上からでも顔の腫れのひどさがわかるほどで、顔の半分は笑っていてももう半分は動かす力がないように見えた。
……顔もだけどさ、体は大丈夫なの?
思い切り投げ飛ばしちゃったし、どこか折れてたりしない?
体はおやじが治してくれた。
でも顔は治す所ねーとか言い出してさ……それよりベッドが狭すぎて体中が痛いの。
今めちゃくちゃ凹んでるし、レリアちゃんがマッサージしてくれたら元気になるかも。
い・ろ・い・ろと
もっかい殴っていい?
アンガスは思った以上にピンピンしていた。
歩くのも問題ないようで、朝の間は神殿で豊穣の祈りを見学したり、筋骨堂で武器を引き取るついでに噴水広場の出店を一緒に見て回った。
国際問題とか冗談だからさ、晩メシでも付き合ってよ。
おやじから2回戦が始まるまでに話し合って勝敗決めとけって言われてんの
……陛下のご命令なら仕方ないか。
夕刻は酒場でごはんの約束をして、アンテルムに言われた通り昼からは難易度2のダンジョン(深い森、坑道の脇道、旧市街跡)を探索した。
魔獣の森で鍛えた分1人でもクリアはらくらくで、正直ちょっと物足りないかも。
王子の毒牙
―夕刻、酒場にて―
……何つーか気迫に負けたっつーかさ、レリアちゃんって素手の方が強くね?
普通試合中に武器がぶっ壊れたら降参するでしょ。
レリアちゃんってばボロボロの剣で突っ込んでくるからそれを狙ってたんだけど
プルトは体術が盛んなの。
エルネアのルールに従ったつもりだけど手が出ちゃったし、あたしの反則負けじゃない?
いや、オレの完敗だよ。
騎士隊とか言ってるけど武器に規定なんかねーし。
運良く拾った銃で来るヤツもゴロゴロいるよ
アンガスはメモ用紙に結果を書いて近くにいた使いの人に手渡した。
結果、昨日の試合はあたしの勝ちということで一件落着。
あんたさ、女好きのろくでなしだと思ってたけど意外といいヤツじゃない?
へぇ……ティム兄のこと、あれだけ好きだったのにオレに乗り換えるんだ?
アンテルムから聞いたの!?
言っとくけど、あたしが好きなのはあんたじゃなくてティムだから!!
……フラれちゃったけど
アンガスはあたしの顔を見ながらいつも以上にニヤニヤしているようで、ここでようやく口を滑らせてしまったことに気づく。
口の堅そうなアンテルムがあたしの秘密を簡単にバラすかなって……
はい、これが収穫祭限定のマトラ定食ね。
仕事の予算は収穫祭に回せって言ってるのに、議員がケチだからここんとこマトラ定食ばっかだよ。
おやじの出番は意見が割れたときしかねーし何のための議会なんだか
名物のマトラ定食は噂通りビミョーな味。
予算が下りればハーベストディナーというグレードアップした料理が出るらしいんだけど……今日のメインは限定料理よりもオマケの占いかも。
ねえ、見て見てアンガス! あたし、騎士に向いてるんだって!
オレは人間関係と幸運に恵まれてるってさ。
まあそうだろうね……ってレリアちゃん、聞いてる?
このときあたしは完全にうわの空。
さっき階段を上っていった旅人の男の人がフードを外すと、長い黒髪が風に揺れて……誰かを思い出したわけじゃないけど、誰だって近くで動くものがあると気になるでしょ!
へぇ、レリアちゃんってやっぱそういう系がタイプなんだ。
知ってる? この国で黒髪を伸ばしてる大人の男は1人しかいないんだぜ。
おやじが国王の変装服着せて色々と面倒事を押しつけるからさ、皆で髪切っちまったって噂
うっ、後ろ姿が兄貴に似てたの!
血は繋がってないけど超がつくほどのシスコンだから、あたしのこと追っかけてきてもおかしくないでしょ?
ちょっとどんな顔してるか見てくる!
……その兄貴にティム兄が似てるんだ。
血の繋がらない兄貴とひとつ屋根の下でねぇ……
っと、今は行かない方がいいよ。ほら、女の部屋に入った
おかしな言い訳でまた自爆して、さっきの人は旅人同士で交際中。
何も見なかったことにして席に戻った。
悪い男には気をつけないとね。
今日は全部おやじのおごりだからさ、いっぱい飲んで嫌なことは全部忘れちゃおう
なんとなくムカムカしたからアンガスがついでくれた女神の火酒をグイッと飲んでみる。
ポムの火酒に蜂蜜を加えた収穫祭限定のお酒らしいんだけど、お酒を飲むのは今日が初めてでドキドキする。
夜遅くまで出歩いても怒られないし、お酒も飲めて、大人ってサイコーーー!!
いい飲みっぷりだね。さあ、どんどん飲んじゃって!
レリアちゃん甘いの好きでしょ、この際愚痴でもノロケでも何でも聞くよ
ふぁ~い、いたらきま~す!
あのね、ティムってばね……
なんかちょっと暑くなってきたかも。
アンガスにうながされるままコルセットとかばんを外して楽な格好になって、心も体も軽くなったから踊って疲れちゃって……楽しいからまあいっか!
ティムってば訓練中なのにあたしが目を離したら延々と女の子に連れ回されてるの!
断ればいいのにずっとだよ……それでね……ふにゃ
すっかり酔っぱらってステージの上でバランスを崩してしまったあたしはアンガスに抱きつくような形で倒れてしまった。
顔がやけに熱くて頭もくらくらで力も入らず、アンガスの助けを借りないとまともに立てないくらい……
レリアちゃんって面白いくらい酔っちゃうよね
……疲れたの? じゃあそこの客室で休憩しようか
享楽王子ことアンガスに目をつけられた女の子はお酒をたくさん飲まされて、酔い潰れた頃に客室に連れ込まれてしまうんだって。
後から聞いた話だけど、それがいつもの手口らしい……
次の記事>>>第5話に続く
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代わりに今までの話を振り返ってみる?
【オスキツ国】第3話 王家の掟【ティム王子攻略編】
王家の掟
ごめんねレリアさん、父さんのわがままに付き合わせちゃって。
僕たちは昼頃まで麦の収穫があるから、また夕刻に闘技場で
うん! じゃあ、また後で!
192年5日。
今日は騎士隊トーナメント開会式のことで頭がいっぱいで、朝から麦の収穫があることを完全に忘れていた。
この国の納税にあたるのがギート麦の納品。
あたしのような新規移住者は移住費用の5000ビーに含まれているから初年度は免除されるんだけど、25日に来年の分を植えに行くのだけは覚えておかないと。
というわけで朝の間は他の旅人や移住者と一緒に農場を見学して、昼からは市場までインテリアを見に行くことにした。
フラワーランドのエスティンさんに聞いてみてもお城にあるような壺はないらしく、お礼を言って大きないむぐるみを買って帰る。
これでウィアラさんのミッションもクリア!
……別にぬいぐるみがないと眠れないわけじゃないから!!
騎士隊トーナメント開会式
うわっ、あたしの試合アンテルムと丸々かぶってるじゃん!
見たかったのに~!
昼4刻、あたしは闘技場前のボードで2つのトーナメント表を見比べていた。
あたしとアンガスの試合が7日で、アンテルムの試合も同日同時刻。
応援には行けないとしてもせめてお守りは持たせてあげよう。
夕1刻、いよいよ騎士隊トーナメントの開会式が始まった!
オスキツ陛下は闘技場の奥にいらっしゃり、真っ赤な絨毯の上には専用の椅子まである。
お隣には神殿で見かけた黒ずくめの人がいて、王国の花形であるローゼル近衛騎士隊は総勢16名!
アンテルムはどこにいるんだろう?
レリアさん、こっちこっち! いい席取っておいたから。
飲み物はミックスジュースでいい?
ありがと! あたし、甘いの大好きなんだ~!
もぐ……レリアちゃんはオレと同じで甘~いジュースが好き、と。
オレからはクリスプポト、あーんしてあげる。
それとも口移しの方がいい?
どっちもお断りなんだけど!!
アンガスは名残惜しそうに最後の1つを口に放り込む。
すると、何も言わなくてもティムが空になったバケツを持って席を外した。
本当、いいお兄ちゃんというか今はただのパシり?
ねえ、上にいる司会の人って誰なの?
黒い服だし陛下の横にいるってことはもしかしてあの人が議長さん?
神官だよ。モテるけど中身はただのじいさんだから騙されないでね。
ちなみにオレ、こう見えて神官の資格持ってるんだよね~
……惚れ直した?
後半は聞かなかったことにしよう。
ということは昨日アンガスが神殿をうろうろしていたのはたぶん仕事の関係。
いまいち信じられないでいると、アンガスはいきなりシャツのボタンを胸元が見えるように外し始め、シズニ様を模したペンダントとなんか色々見せつけてきた!
このペンダントこそが国内でも数人しか称号を持たないらしい「シズニが導く者」の証。
その上位称号となる「真理を伝える者」を唯一持っているのが神官なんだけど、不真面目で女癖の悪いこいつがその後継者(候補)なのが不思議で仕方がなかった。
言っとくけどあたしが好きなのはあんたじゃなくてティ……
あわわわ! ティ、ティムってば戻ってきてたの!?
うん。レリアさんはそんなに慌ててどうしたの?
アンテルムには誤解を解くためはっきり言っちゃったけど、アンガスの前でうっかり口を滑らせるわけにはいかない。
そんなことより、開会式に集中しないと!
アンテルムは最後列の端にいた。
昨年度の選抜決勝戦で戦った新入りの騎士隊員が並ぶのがそこで、たとえ王族でもスタートはまず平の近衛騎兵からなんだ。
騎士隊長の合図で後ろにいる15人の騎士たちが剣を掲げ、客席からも歓声があがる。
アンテルムを含む多くの騎士は正騎士の剣、前列に多い隊長経験者はワンランク上のローゼルの剣、真ん中の男性騎士だけが他とは違う青い剣を持っている。
アンテルム君、かっこいいでしょ。
斜め前にいる勇者の剣を持った人があの子の先生でね、昔エルネア杯で優勝したことがあるんだって
ティムによればあの青い剣はエルネア杯で優勝した勇者の証。
ローゼルの剣よりもランクが高く、この国で剣の道を志す者なら誰もが憧れる逸品だ。
ちなみに今日の試合はいわゆる騎士隊長による「洗礼」だった。
ショルグと違って強さに応じてランク分けされるわけじゃないから、どうしても新入りの人が負けちゃうのかな。
んじゃオレはお邪魔だから退散っと。
今夜は誰と遊ぼっかな~
開会式が終わるとアンガスは(空気を読んで?)ふらふらとどこかに行ってしまう。
享楽的な男らしく夕刻からはナンパに励むみたい。
一方でアンテルムはお守りやモフ毛を持った女の子に囲まれていて、とてもじゃないけど話しかけられる状態じゃない。
時間も遅いし、今日はティムと2人でどこまで行けるか試してみよう。
ティム、あたしたちも行こっ!
今日こそは2人で魔獣の森をクリアするんだから!
こんな所で突っ立ってたらまた追っかけの子に捕まっちゃうよ~!
ま、待ってよ~
――それから1刻後、魔獣の森から出てきたあたしとティムは期待に反して満身創痍。
逃げるのに必死でせっかくの戦利品も全部置いてきてしまったし、この前は思った以上にアンテルムに頼っていたことを痛感した。
くやし~! あたしたちの力じゃこれが限界なの!?
今度は騎士隊の人に護衛をお願いしようか。
回復薬やトラップサーチの準備も忘れずにね
―エルネア城王家の居室―
ところでティム、それは何だ?
この前父さんがレリアさんとのトレーニングを勧めてくれたでしょ?
アンテルム君がダダン液を分けてくれてね
あの子、朝から晩まで僕につきっきりだからヘトヘトだよ
移住者の女の子と秘密の特訓でヘトヘトねぇ……
これは面白いことになりそう
※ダダン液=プロテイン的な
ティムとの温度差
昨日は途中で帰ってしまったのを反省して、今日はたっぷりと薬やアイテムを買い込んでから騎士隊の人に頼んで護衛についてもらった。
さっすがプロの武術職!
武器は拾えなかったけど、あたしもティムもちょっとだけ強い技が使えるようになったんじゃない!?
そうだね。あ、アンテルム君だ
ダンジョンから出たところでアンテルムを見かけたので、騎士隊の人にお礼を言って獣道の方を覗いてみることにした。
アンテルムはあたしたちに気づいていないようで雨に濡れた前髪をかき上げゲーナの森へ。
近くの立て札にはゲーナの森は魔獣の森より難しいダンジョンだって書いてあるけど、ちょっと覗いてみるだけだから!
ティムの腕を引っ張って入り口近くまで連れて行ったものの、深い霧が邪魔をして先には進めない。
ちょっと息を吸っただけで呼吸が苦しくなってきて、急に怖くなってへなへなと座り込んでしまった。
げほっ……アンテルムってば、あんなやばそうな所に入っちゃったけど大丈夫なの!?
この辺りは瘴気が濃いから近づいちゃダメだよ。
ここに入っていいのは王族と武術職の人だけだから
武術職は難易度5のダンジョン全てと役職ごとに難易度7のダンジョンの探索権がある。
あたしのような一般国民は難易度3のダンジョンまでが限界で、ティムたち王族は武術職の護衛をつけるか(どうしてもの場合)自己責任で難易度5のダンジョンに入ってもいいんだとか。
今の僕たちなら深い森の方が合うんじゃないかな。
まずは難易度2のダンジョンのクリアを目指そうよ
え〜!
そんなんじゃいつまでたっても強くなれないし、試合までもう時間がないのに!
無理して難しいダンジョンに入って引き返すよりも、今の強さに合ったダンジョンを確実にクリアする……ティムの言うことも正しいと思うんだけど、試合が刻一刻と迫っていたあたしたちは短期間で強くなる必要があった。
だってティムが次の試合で負けちゃったら陛下に顔向けできないし、あたしも強い武器を拾えないままで正直かなり焦っていたから。
今思えば、ティムとの温度差はこのときすでに感じていたんだと思う。
王家の掟
あたしは雨宿りを兼ねて魔獣の森にティムを引っ張っていくことにした。
ティムがダンジョンに入ると同時に国民の女の子が3人ついてきて、この中の誰かを狙っていそうな男が1人やってくる。
続いてやたらとモテると評判の神職が若い異性を引き連れて、さらに彼ら目当ての異性が続々と集まって……
ダンジョンの入り口はあっという間に独身男女でいっぱいになってしまい、即席の婚活会場のできあがり?
何角関係よこれ! もうドロッドロじゃない!
ここにいる独身女性のうち大半の目的は間違いなくティムで、周りにいるのは彼女たち目当てに群がる独身男性。
同じ王子のアンテルムやアンガスもモテるんだけど、年齢的に結婚まで秒読みのティムが本命って人は本気度が違う感じ。
……と思いきや、婚活は同時進行らしく何人かは別の男の人がお持ち帰り。
まったくもう、愛パーティーじゃないんだから……
こっちは真面目に修行しに来てるのに!
そんなゆるんだ雰囲気に扇動されてか、あたしには1つの名案が浮かんだ。
あたしとティムが付き合っちゃえばいいんだ!
お互いのプロフィールカード裏に恋人として名前を書いて、仲良く手を繋いで歩いたりしたらすぐに噂は広まって……完璧な作戦かも!
ねえティム、あたしたち、付き合ってることにしない?
あくまでフリだからいつも通りに接してくれていいし、あたしとティムが恋人だって噂が流れたらこれから面倒なこともしなくて済むでしょ?
……それはできないよ。
これは言いにくいことなんだけど……
渋々とはいえずっとトレーニングに付き合ってくれていたティムから返ってきたのはあたしを突き放すような言葉。
王族やめちゃえば、なんて冗談を言っても笑って流してくれたのに、今は明らかな拒絶の意思がうかがえた。
王家には掟があるから、僕とレリアさんは恋人になることも結婚も許されない。
この国の人は皆そのことを知ってるからすぐに気づかれてしまうよ。
もっと早く言っておけばよかったんだけど……
何よ、そんなマジにならなくていいじゃん!
ひどい! ひどすぎるよ!
……あんたなんて大っ嫌い!!
あっ、待って……
ついてこないで! あっち行ってよ!
(ちょっと下心はあったけど)あたしはティムの夢を応援して、女の子たちから守りたかっただけなのに……
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を見せたくなくて、とにかくティムから離れるように遠くへ走る。
途中たくさんの女の子(話したことはないけどよく見る顔)とすれ違ったけれど、今は振り返っちゃいけないんだから!
あたしの家族
はぁ、陛下に何て謝ろう……
ティムにもフラれちゃったし、あたし、コーチ失格だよ……
あれからあたしは走りに走って、ドルム山を登った先にあるニヴの丘でぼんやりと空を眺めていた。
座れそうな岩に腰かけて一息つくと、どこからか何組もの夫婦が入れ代わり立ち代わりやってくる。
まるであたしなんか見えていないかのように、仲良く手を繋いだり肩を寄せ合ったり腰に手を回したり……鼻先が当たるくらい顔を近づけたり!
(もしかしてここ、デートスポットだったの!?)
傷心のあたしにこの場所は精神衛生上良くない。
帰ろうと腰を上げた瞬間、とどめと言わんばかりに目の前の夫婦の熱〜いキスが視界に入って残りライフは0。
あたしだって知ってたら誰かと一緒に来たかった!
こんな所、二度と来るもんか! フン!!
――ティムに言われたことを思い出すと、鼻の奥がじわじわと痛くなってくる。
山岳兵が作っていたガラス板に映るあたしの顔はひどいもので、泣き腫らした目と乾いた涙の跡は超がつくほどブサイク。
情けない顔を見られないように下を向いて歩いていると、山道から家路を急ぐ親子や夫婦、幼い兄弟とすれ違った。
ちょっと前まではあたしだってこんな生活してたのに……
これがあたしの家族。
父さんと母さん、それから兄貴がいるごく普通の家庭だった。
だけど、あたしは本当の両親を知らない。
真ん中に立っているのがあたしの父さんだった人。
小さい頃、ジマショルグ長だった父さんの家に引き取られて、母さんはあたしが入学した頃にワクトの神々の元へ。
父さんは実子の兄貴と養子のあたしを男手一つで育ててくれたんだけど、兄貴が成人した年に女を作って再婚を考え始めたらしい。
あたしは血が繋がっていない兄貴のことが好きだったけど、父さんが再婚した日の午後に兄貴も結婚して、逃げるように家を出て行ったんだ。
それからすぐに父さんも死んじゃって、あたしは新しいお母さん(というか赤の他人)と小さな家で二人暮らし。
もう、何もかもが嫌になっちゃった。
――人にはいつか別れが訪れる。
あたしの場合、たまたまそれが早かっただけなんだろう。
とにかく早く家を出たくて深夜こっそりと乗り込んだ船は外国に向かう漁船だったらしく、漁師のおっちゃんに捕まっ……拾われてエルネアにやってきたってわけ。
言葉はそのときに気合いで覚えた。
兄貴のことも最初から諦めるしかなかった。
同じ家で暮らす以上血が繋がっていなくても兄妹は兄妹。
ティムを好きになったのも、きっと初恋の相手に似た人に甘えてみたかっただけなんだ。
と、暗い話はおしまい!
今日はショックなことが多かったけど、いっぱい食べていっぱい寝れば大丈夫!
明日は何食べよう……春ならやっぱりゲゾフライ? それともアヒージョ? 春のビスクもいいな!
そんな感じで考え事をしていたら、噴水通りのど真ん中で誰かにぶつかってしまって慌てて謝る羽目に。
すっ、すみません! 気をつけます!
あら、ごめんなさいね。
……ってちょっと、ひどい顔じゃない!
殿下!? どうしてこんな所に……むぎゅ
街灯の下でぶつかったのはなんとテレーゼ殿下。
殿下はあたしの顔を見るとすぐに抱きしめてくれて、泣きやんだつもりが大きな声で泣いてしまった。
落ち着いた?
じゃあ、温まってから帰りましょう
時刻は夜3刻。
人通りもほとんどなくなって、帰る前に殿下とお風呂に入ることに。
……さっきはどうして泣いていたのか、アタシに教えてくれるかしら
たっ、ただのホームシックで!
本当にたいしたことじゃないので……!
もしかしてティムのこと?
ふわっ! ぶくぶく、ぶくぶく!
あたしがティムにフラれたことは殿下のお耳にまで届いているようで、涙の跡を隠すように顔を洗い流す。
何度かゴシゴシして落ち着いたところで口を開き、全てを打ち明けることにした。
……おっしゃる通りです。
あたし、ティムのことが好きで……追っかけの女の子たちから守ろうと思って、
付き合ってることにしようって言ったら……
でしょうね。
あの子は恋愛や結婚のこととなると、いつも深刻に考えてしまうから
そのときはいい考えだと思ったのに、フラれてからは頭の中が真っ白。
その現場を魔獣の森に詰めかけた大勢の人に見られてしまい、作戦は大失敗に終わったのだった。
これ、ティムがくれたのよ。
安産祈願のお守りでね、肌身離さずつけてるの。
赤ちゃんが無事に生まれたらあの子も自由になるお許しが出るかもしれないんだけど……今も気持ちは変わらない?
はっ、はい!
あたし、あのときはひどいこと言っちゃったけど……本当は今でもティムが大好きなんです!!
優しいしあたしのわがままにも付き合ってくれるし、こんな人と家族になりたかったなって……
あたしは殿下に家族がいないことを話した。
もちろんあたしをここまで育ててくれた養父母のことは大好きだけど、今は1人ぼっちだから。
あの子は繊細だから、普通の人よりずっと人の気持ちに敏感で傷つきやすいの。
あの子が優しいからこそ傷つく人もいる……だから、あなたにははっきり言うことにしたんでしょうね。
王家の掟のこと、黙っていたらもっと傷つけることになるから
ティムがあたしを振ったのはあたしのことが嫌いだったから適当なウソをついたのではなく、本当に結婚できない相手だったから。
ティムは王族であたしは外国人なんだし、仕方なかったといえばそれまでだ。
あたし、フラれてちょっぴり大人になりました!
失恋の1回や2回は人生のスパイスっていいますし、こんなのだいじょ……
わーーーーっ!!
狙ったように足の近くに石鹸が落ちていて、あたしは殿下の前で思い切り尻もちをついてしまった。
大人になったと思った矢先にこのザマで、自分でも先が思いやられるくらい。
殿下って、お母さんみたいです。
あたしを育ててくれた母さんも好きでしたけど、生まれるなら殿下みたいな人のところがよかった……
やだ、お母さんなんて!
アタシまだ大きな子供がいる年じゃないから、お姉さんって呼んでくれた方が嬉しいわ
はい、じゃあお姉さんで!
3人の弟がいる殿下だけど、本当は妹がほしかったとおっしゃってくれた。
それからはまた2人で噴水通りを歩く。
殿下がお住まいのA区の前に差しかかったところで、
よかったらこのまま泊まってく?
あっ、いえ!
そんな、これ以上ご迷惑をおかけするのも申し訳ないので……今日はありがとうございました!
今夜は嵐。
一人暮らしのせいか揺れる窓や激しい雷にびっくりして、大きないむぐるみを抱きしめてベッドで横になった。
……あたしじゃなくて、ぬいぐるみが震えているような気がしたから。
―エルネア城ティムの部屋―
子イムちゃんたちから聞いたよ。
レリアちゃんのことこっぴどく振ったって
王家の掟がある以上、黙っていれば余計に傷つけてしまうだろうから
だったら一度くらい夢見せてやればよかったのに。
独身の間にあの子と楽しい思い出作っときなよ
夢を見せる、か……そうだよね。
ありがとう、アンガス君。おかげで目が覚めたよ
(えっ! オレ褒められてる!?)
――2人の指す意味は違うのだろうけれども。
ティムは以前レリアがしてくれた家族の話を思い出す。
養子の彼女が明るくまっすぐに育ったのは、両親が本当の子供のように愛情を注いでくれたからなのだろう。
ティムはそんな彼女を突き放してからずっと自分を責めていた。
子イムのように純真で朗らかな彼女の笑顔を失って初めて、その存在の大きさに気付かされたのだ。
僕のことを笑わないで全力で向き合ってくれたのはレリアさんが初めてなんだ。
あの子は僕の代わりに笑って、泣いて、出会ったばかりだけど毎日違った表情を見せてくれて……
あの子と出会うまでは明日を迎えるのが怖かったのに、明日もまた会いに来てくれると思ったら気持ちが少し楽になった
レリアちゃんって、子イムみたいで面白いよね。
最近のティム兄、よく笑うようになったけどさ……今は抜け殻みたい
一緒にいるだけで元気をもらってたのかな。
でも、僕がひどいことを言ったから嫌われてしまったみたいで……今度会ったら謝ろうと思うんだけど
むじゃきな子ってウソがつけないから、嫌いって言ったのも本心じゃなかったりして。
レリアちゃんってプルトの子でしょ?
仲直りしたら夜まで待って「明日、遊びに行かない?」って言ってみてよ
夜遅くに? 失礼じゃないかな……
あっちじゃ男と女は夜に会うのが常識。
あの子噴水通りで一人暮らしだし、OKもらえたらそのままいいことあるかも
192年6日、夜4刻。
試合前日の夜はこうして更けていった。
【次回予告】
いよいよ始まった騎兵選抜トーナメント。
アンガスとの戦いで窮地に追いやられたPCレリアだったが、絶対に負けられないと起死回生の行動に出る。そして、試合は一波乱を迎えることに。
次の記事>>>第4話:波乱のトーナメント幕開け
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今までの話を振り返るか?
……アンガスのヤツ、後で説教が必要だな
次の話はこの下だよ!
アンガスってば試合前に変なことして、絶対許さないんだから~!
【オスキツ国】第2話 ティムの弟たち【ティム王子攻略編】
ティムの弟たち
わーーー! なんか高そうな壺割っちゃった!?
ど、どうしよ……
192年4日。
今から約1刻前、王家の居室であたしは不注意でティムのお父さん(国王陛下)の壺を割ってしまった。
さっきまで一緒だったティムはというと、掃除道具を取りに行くと部屋を出て行ったきり戻ってくる気配はなく、あたしもすっかり途方に暮れている。
ティムってば何やってるんだろ?
ここを動くなって言われたし、できるところまであたし1人で片付けておこうかな……
――まさか自分の家で迷子?
そんなわけないと首を振り、ティムの帰りを待ちながら素手で破片を拾い集める。
ほんの1刻前までは褒められて大はしゃぎしていたのに、今は割れた壺を前に指先から流れる血を見て目も覚めてしまった。
はぁ……あたし、入国早々何やってるんだろ……
昔からいつもこう。あたしは褒められると舞い上がって、結局最後は失敗するの。
きっと今回は王様に叱られるだけじゃ済まない。
今の所持金は3000ビーちょっとだし、弁償しようにも足りないに決まっている。
それこそ一生働いても払えないくらい……
近衛騎兵 アンテルム・ブヴァール
部屋をノックする音と同時に、革靴のティムとは違う足音がした。
あっ、ティ……誰!?
失礼、私は騎士隊の者です。
先ほど王家の居室で大きな音がしたとうかがったので参りました
鎧を着た背の高いオールバックの男の人がずかずかと入ってくる。
腰に差した剣を見てあたしは慌てて姿勢を正し、緊張のあまり呼吸やまばたきすらも忘れてしまう。
同じ剣を扱う組織でもプルトのコークショルグは軽装だったし、エルネアの騎士がこんなに重装備なのはやっぱり魔物が出るから?
ご、ごめんなさい! あの、壺を割ってしまって……
大変だ、血が出ている! すぐに手当てをしなければ!
えっ、あの、あた……わたし、ティム様にここを動くなって言われてるんですけど……
あたし騎士隊に捕まっちゃった系!?
その騎士は割れた壺には一切目もくれず、軽々とあたしを抱きかかえる。
彼はあたしを抱えたままどう見てもお姫様抱っこの状態で玉座の間を全力疾走!
城の庭から兵舎に入り、牢屋に連れて行かれるのかと思えば医務室へ。
お、下ろしてください! 自分で歩けますから!
彼は全く聞く耳を持たない。
すれ違った人は二度見、三度見したりあたしの顔を見てヒソヒソ話したり、子供には指を差されてもう穴があったら入りたい。
口での抵抗も無駄に終わり、あたしをベッドに座らせたところで彼は消毒液と絆創膏を取り出した。
こんな傷、舐めたらすぐに治るし大丈夫ですって!
ダメだ! 傷口から菌が入れば化膿する恐れがある!
さあ、手を出しなさい
しみるのは嫌だけどこの人が聞きそうにないので大人しく消毒に応じることにした。
一見変な人に思えても手際はよく、近くで見るとなかなか顔も整って……やばっ、めちゃくちゃイケメンじゃない!?
む、顔が赤いな。
脈も大きく乱れている……やはり熱があるようだ
いえ、あたし元々平熱高いんで!
(何なのこの人……)
あ、レリアさん。よかった~……
何してるの?
た、助けてティム!
部屋で待ってたんだけど騎士隊の人に捕まっちゃって……
さっきからこの人めちゃくちゃなの!!
アンテルム君、ちょっとおいで。
ごにょごにょ
ティムはあたしが何を言っても聞かなかった頑固な騎士を笑顔のまま黙らせてしまう。
あのときはつい熱くなって王族やめちゃえなんてバカなこと言っちゃったけど、今だけはティムが王子様で良かったかも……
遅くなってごめんね。父さん、今手が離せないんだって
ティムがこんなにも遅れた原因はずばり、1人になった1刻の間に修羅場勃発。
部屋を出たところで待ち伏せしていた女の子に捕まったらしく、連れて行かれた遺跡の方でキノコを採っていたら別の女の子が木の裏から覗いていたとか。
それからちょっと面倒なことが起きて、よりによってそんなところをお母様に見られてしまって……誤解を解くのに一苦労って感じ。
……先ほどは本当にすまなかった。
私としたことがケガをした女性を見て取り乱してしまうとは……
もっと騎士としての自覚を持つべきだった
色々な意味で呆然としていたあたしたちはティムの言葉でまだ名乗っていなかったことを思い出し、お互いのプロフィールカードを交換する。
名前:アンテルム・ブヴァール
役職:近衛騎兵(第3子)
誕生日:184年18日
年齢:7歳
性格:信心深い
称号:剣士、優等生
天賦の才:グリニーの導き
ティムの弟ってことはアンテルム様も王子様!
先ほどはお騒がせしました!
レリアさん、そんなにかしこまらなくていい。
今はまだ王家に籍を置いているが、いずれは独立して城下に居を移そうと思っている。
私のことは兄さんと同じように接してくれると嬉しい
じゃあ、アンテルムって呼んでいい?
これからよろしくね!
1刻前、王家の居室で何があったのかをアンテルムにも話す。
あたしが壺を割ってしまったことや、すぐにでも国王陛下に謝らないといけないこと……そんなことを話しながら改めて反省し、涙が出そうなのをぐっとこらえた。
……非は僕にあるんだ。
部屋の中だったし、僕がレリアさんの技をもっと見たいって言ったから
だからティムは悪くないってば!
割ったのはあたしなんだし、陛下がいらっしゃったらすぐに謝らないと……
と言いつつも肝心の陛下が出かけていたらどうしようもない。
アンテルムの案で陛下が戻ってくるまでダンジョンで時間を潰すことにした。
グリニーの導き
それはフォレストブレイドか?
武器を新調したと聞いていたが、慎重な兄さんが両手剣を手にするとは意外だな
ティムってばずーっと迷ってたみたいだから、あたしが選んであげたの!
敵もいなくてヒマだし出口まで競争しない?
よーい……2人とも、ボーっとしてたら置いてっちゃうからね!
レリアさん、足元!
え? うわっ、なんか変な草伸びてきた!
わ~っ!
出口までは一本道、敵の姿も見えないからと走りだした結果植物が絡まってあたし1人が宙吊りに。
おかしなツルに全身をもてあそばれてくすぐったくて、何がとは言わないけど黒のタイツをはいていなかったら本当に危なかった。
ティムはすぐに駆けつけてくれたけど、アンテルムは呆れて物が言えないって顔をして剣を持ったままその場から動かない。
あちゃー……アンテルム君、完全に固まっちゃってる。
下ろしてあげるからちょっと待っててね
……コホン、ここは武術職を目指す者が集う本格的なダンジョンだと忠告したはずだ。
元気がいいのは大いに結構だが、慣れるまでは私より先に進むのはやめた方がいい
アンテルムのお説教が身にしみる。
それなりに戦闘には自信があったし、森の小道は簡単だったから正直完全に舐めていた。
もう2人の前で恥ずかしい目には遭いたくないから勝手な行動はやめて、大人しく後ろをついていくことにしよう。
すっごい切れ味! あたしもアンテルムと同じ剣ほし~い!
正騎士の剣か、もらえるのは騎士隊に入ってからだね。
……おっと、そのまま進むと危ないよ
ええ~! こんな狭い道通るの!?
道ですらないじゃん……
アンテルムが急に回り道をしたので話すのをやめて追いかける。
ティムが急にあたしの手を引いたのを不思議に思っていると、後から来たチームが罠にかかったらしく撤退しているのが見えた。
それよりもさ、罠だらけのダンジョンなのに涼しい顔して歩けるってすごいよね!
天才ってアンテルムみたいな人のことを言うんだな~!
あの子は家族の中でも特別。
ダンジョンではいつもグリニー様が導いてくれるんだって
グリニー様はグリフ様の双子の弟でワクト様のお父さんだっけ。
エルネアはプルトと国教が違うって聞いたからちょっと心配だったけど、世界にあるほとんどの神話に同じ神様が出てくるから、学校で習ったことを思い出せば大きな失敗はしないはず。
船の中でも「エルネアの王子様」の話しててさ、天才騎士と何だっけ……お騒がせ王子?
アンテルムのことは天才だって色んな人が言ってたよ!
アンテルムが足を止めて一瞬振り返る。
この先にまた罠があると教えてくれるのかと思えば、一瞬だけ悲しそうな顔をあたしに向けるとすぐに前を向いて歩きだした。
あれ? あたし何か変なこと言った?
僕の勝手なお願いだけど、あの子のことは「天才」とは言わないであげて
アンテルムはグリニー様を守護神に持ち、武術職らしくバランスの取れた高ステータスで本格的な剣と高度なスキルを持っている。
あの若さで騎士になるくらいだから国の将来を担うすごい人なのは誰が見ても明らかなのに、天才以外の何があるんだろう。
ごめん。あたし、悪気はなかったんだけど……
2年前の選抜トーナメントで色々あってね。
あのときのアンテルム君の落ち込みようは正直、見ていられなかったから……
一国の王子がエルネア杯優勝経験のある騎士隊の夫婦に弟子入りして選抜トーナメントで優勝、歴代最年少で騎士隊入りを果たす。
話だけ聞けば華々しい活躍だけど実際はそうではなくて、ティムの話を聞いてから浮かんだアンテルムの姿は勝つために泥の中であがいて這い上がったようなイメージだった。
僕はアンテルム君じゃないから完全に気持ちを理解できるわけじゃないけど、すごい人を褒めるのに「天才」の一言だけで済ませるのって、今までしてきた努力を否定することに繋がると思うんだ。
特にあの子は真面目すぎるところもあるから、自分そのものを否定されたように感じるんじゃないかな
世の中には天才と言われて喜ばない人もいることは初めて知った。
あたしなんか天才って言われたら絶対舞い上がっちゃうから……一度でいいから言われてみたいなぁ。
僕たちは怒ってるわけじゃないからね。
アンテルム君、褒められたり頼りにされるのは嬉しいみたいだから、
探索に誘ったり困ったことがあれば相談してみるとすごく喜ぶと思うよ
次はいよいよボスステージ!
それじゃあ僕はこれで
えっ、ウソでしょ!?
ステージ4を出たところでティムが帰ってしまい、森の奥でアンテルムとまさかの2人きりに!
ティムがいたから和やかな雰囲気だったのに、お互い話題に困っているのか沈黙が続く。
ボロボロなのに回復薬はほとんどないし、お腹も痛くなってきた……
アンテルムといると議長の前より緊張するのに、いいにおいに包まれて変な気分。
なんて、こんなことで弱音なんか吐いたらワクトの神々の元にいる父さんが悲しんじゃう。
エルネアの騎士にプルトの武人はこの程度だなんて思われるわけにはいかないから、歯を食いしばって前に進むしかない!
君は根性があるな。
初めてこの森に足を踏み入れた者は大抵引き返すのだが……
ありがと! あたし、気合いと根性は誰にも負けないから!
……兄さんと違って話下手ですまない。
家族以外の女性と話すのには慣れていないんだ。
もらい物なんだが、この香水も不快感を与えていないだろうか
冬を思い出す凛とした香りっていうのかな。
清潔感もあって若い男の人がつけるにはぴったりだと思うんだけど、さっき抱っこされたときにあたしにも香りが移っちゃったような……
いいにおいでモテモテ間違いなしだと思うよ!
そうだアンテルムってさ、彼女いるの?
ついでにティムのことも教えてもらいたいな~
それは……私を君のご両親に紹介したいということだろうか。
確かに私は君を強引に医務室まで連れ込み、おかしなことをした責任が……ぶつぶつ
恋人の有無なんてちょっとした世間話もアンテルムにかかるとここまで飛躍する。
ややこしくなりそうだからこの話はこれでおしまい。
ティムも結婚に関してはやたらとネガティブだし、真面目な王子様ほど考え方が極端で……これがカルチャーショックってやつ?
そもそもあたし両親いないしプルトはお墓もないからなぁ。
もうこの際だからはっきり言うことにした。
真面目すぎるアンテルムはここまで言わないとずっと勘違いしたままだろうから。
ごめん、今の忘れて! あたしが好きなのはティムなんだ!!
あー言っちゃった……
話しててもあんまり教えてくれなかったしさ、ティムってぶっちゃけどんな人なの?
兄さんのことは両親と同様に尊敬している。
温厚で思慮深く、家族や民からの信頼も厚く、弟も頼りにしているようだ。
……だが、恋人のことは私にもわかりかねる
とにかく、ティムはアンテルムから見ても優しくていいお兄ちゃんって感じ。
今わかっているのは年齢と家族構成、たくさんの女性に結婚を迫られていることと選抜トーナメントに出ているってことだけで、好みのタイプも私生活も全てにおいて謎。
恋人の存在(や婚約者?)については家族ですら知らされていないみたいだし、これ以上部外者が首を突っ込んじゃいけないような気がした。
では、私からもいいだろうか。
レリアさんは何故この国に来て騎士を目指している?
う~ん、なんとなく旅に出ようと思って?
ぶっちゃけ武術職は騎士隊しか募集してなかったからなんだけど、アンテルムの仕事ぶりを見てたら志願してよかったと思うよ!
アンテルムは王族なのにどうして騎士になったの?
子供の頃、将来は兄さんと弟のアンガスと3人で父上や姉上を支えようと約束したんだ。
私は騎士隊長、ゆくゆくは龍騎士や評議会議長を目指している。
君の国では議長は国家元首として扱われるそうだな
そうそう! プルトじゃ議長が王様の代わりかな?
でも国のトップだからってふんぞり返ってたら不信任決議でクビになっちゃうから!
アンテルムが故郷の話を振ってくれたから緊張もすっかり解けて、あたしのテンションも声のトーンもどんどん上がっていく。
今の気分は有頂天。鼻歌くらい歌ってもいいよね?
はしゃぐのは構わないが、頭上には気をつけたまえよ
うわっ、蜂の巣!
――その後は議会とワクト教の話をした。
途中アンテルムが好きなように戦っていいって言うから、ボスへのとどめにヘヴィブルーズをお見舞いしてやった。
ここならどれだけ暴れても怒られないもんね。
……ふぅ。シズニ教の神話にもグリニー様って出てくるんだね。
シズニ様とワクト様は兄弟神で、グリニー様は2人のお父さん!
ああ、シズニ教とワクト教はアレフ教が元になっている宗教だからな。
恥ずかしながら私はシズニ教について多くを学ぶ機会に恵まれなかったが、アンガスはそれを専門にしている。
興味があれば明日の朝にでも会いに行くといいだろう
って感じでアンテルムとは思った以上に楽しく話せて魔獣の森もクリア!
ここのボスは強い武器が入った宝箱を落とすみたいだけど、今回はしょぼいものしか拾えなかったなー……
その後もう一度城を訪れたけれども、陛下はいらっしゃらなかったので明日の朝に出直すことにした。
陛下って、ティムとアンテルムのお父様なんだよね? どんな方なんだろう……
青いビスクで優雅な朝食を
それでね……その子、僕に何て言ったと思う?
……あっ、アンガス君が帰ってきたみたい
192年5日。
麦の収穫日和であるこの日は、普段は聞き役に徹しているティムが珍しく会話の中心にいた。
話題は先日エルネアにやってきた女性移住者についてのようだが……
ただいまー。なんかこの部屋生臭くない?
母さん、春のビスクを作って待ってくれてたんだよ。
アンガス君が朝まで帰ってこないからメニューは変更だって
王家の末っ子、アンガス・ブヴァールの帰宅により会話は中断。
髪はパーマというよりも寝ぐせが残っており、ボタンはちぐはぐでベストの前も開けっ放しというあまりにもだらしない格好をしていたからだ。
けしからん! また朝帰りだと!?
まったく、お前というヤツは……
兄のアンテルムが激昂するのも無理はない。
それもそう、享楽的な性格らしくアンガスのシャツは片方がはみ出た状態で口紅の跡までついているのだから。
まあまあ2人とも、僕も昨日ちょっと失敗しちゃったから半分いただくよ
うげー……変なにおいするし舌も真っ青になるじゃん……
まだ少し肌寒さが残る春の朝、温かなスープや魚料理が食卓を彩る中、ティムとアンガスは鍋いっぱいの青いビスクをスープ皿に注いでいく。
……アンガス君、そんなに僕の話面白かった?
いや、王子に向かって王族やめろとかどんだけ田舎者っつーかおめでたい頭?
ゴムゴムした食感の青い甲殻類を喉の奥に押し込み、強烈なにおいを放つ真っ青なスープは鼻をつまんで一気飲み。
むせ返るアンガスの横でティムは表情を変えることなくビスクを平らげ、口直しにイム茶を口に含んだ。
アンガス、神殿にお前の忘れ物があるそうだ。
取りに行くついでに懺悔でもしてきたらどうだ
アンテルム君、移住者の子にシズニ教のことを教えてあげてって言いたいんだよ。
レリア・ランフランクさんっていってね、僕に家を出ることを勧めてくれたのもその子
また風呂で男の旅人にナンパされたんじゃねーの!?
レリアちゃんね、今から会ってくる!
女性旅人や移住者に目がないアンガスだが、件のレリア・ランフランクが入国したという知らせを聞いたその日に飛びつかなかったのには理由があった。
彼はちょうど3日の朝に職を解かれ、神殿にある奏士居室で父や神官に説教されていたそうだ。
王子(元奏士)アンガス・ブヴァール
――ここは生まれて初めて訪れるシズニ神殿。
さすが兄弟神、ワクト教徒の方もどうぞお参りくださいか~!
アトリウムにいる黒ずくめの人に聞いたらアンガス王子は神殿の中にいるって言われたけど、それっぽい人は見当たらない。
辺りを見渡してもあるのは神々や天使の像ばかりで、よそ見をしていたらあたしは何かにぶつかってしまった。
\ババーン/
あ、すみま……なんだ、よく見たら天使像じゃん……ってこの像動いてない!?
やあ、探したよ子イムちゃん
誰よあんた。天使のお知らせタイムはもう終わったでしょ
あたしの前に現れたのは神話から飛び出してきたかのような絶世の美少年。
天使さながらの淡い色の髪と色白の肌に、真っ白な服と光る羽と、目の前の美少年は部屋の中で太陽を背負って佇んでいるように見えた。
君、オレのことを本物の天使だと思ってくれたの?
いや~、これを着て神殿で遊ぼうと思ったらおやじにバレて家まで連れ戻されちまってさぁ……
あっそ。あたしはここでアンガスって王子を探してるの!
ただの人間に用はないから
ただの人間じゃないよ、オレがそのアンガス。
オレも王子だからさ、兄貴たちのときみたいに可愛いリアクションしてよ
ひゃわぁ!!
耳元で息を吹きかけられただけで腰が抜けて立っていられなかった。
こいつが話に出てきたアンガス!? こんなチャラいヤツにシズニ教のことを教えてもらうなんて冗談じゃない!
名前:アンガス・ブヴァール
役職:王子(第4子)
誕生日:186年16日
年齢:5歳
性格:享楽的な性格
称号:シズニが導く者
いつの間にか胸元に押し込まれていたプロフィールカードを見て、船の中で聞いたエルネアのもう1人の王子――お騒がせ王子の噂を思い出した。
享楽的なんてかっこつけちゃってるけど、あたしに言わせてみればただのろくでなし*1だから!
女好きなのが余計にタチが悪いしもう最悪!
(アンガスファンの皆様すみません)
ティムの専属コーチになりました!
神殿では噂の「お騒がせ王子」のせいでひどい目に遭って、あたしは命というよりも貞操の危機を感じて逃げてきた。
ここまで来ればもう大丈夫だろうと、木造橋付近の川辺で腰を下ろしていると……
ティム、無理に家を出ようとしなくてもいいんだぞ。
オレとしてはお前が家にいてくれた方が何かと楽なんだがな
父さん、最近白髪も目立ってきたし「変装服」は無理があるんじゃないかな。
母さんにまた叱られても知らないよ
いや、そういう意味じゃなくてな
結婚は僕なりのケジメなんだ。
僕にできる父さんたちへの恩返しはそれくらいしかない。
……なんて、プルトの子に話したら怒られちゃったけど
もしかしてティムの隣にいる白髪のおじさんが国王陛下? そうだよね頭に王冠乗せてるし。
陛下は騎士とは違った白い鎧と黒いマントをお召しになっていて、本当に王冠をかぶっていらっしゃったからちょっと感動しちゃった。
でもこの国って魔物もたくさんいるし、王様が普通に道を歩いても大丈夫なのかな……
「王子」のお前の目に「共和国」の娘はどのように映った?
あの子の性格もあるんだろうけど、考え方が自由というか言い方がストレートというか、ちょっとうらやましかった。
彼女のような人にもっと早く出会えたら……ううん、僕にもっと強さがあれば
1日の始まりはやっぱり朝の挨拶。
しっかり息を吸って、気分もスッキリするようにお腹から思い切り声を出そう!
おはよーございまーす!
新入りは新入りらしく元気いっぱいでいかないとね!
陛下にお会いできたことだし、この後は盛大に怒られるイベントが待っているんだろうけど……
しっ、失礼ですが国王陛下でいい、いらっしゃいましゅっ……いらっしゃいますか!?
(噛んじゃった……)
いかにも! 余はエルネアを統べる偉大な王、オスキツ・ブヴァールである!
……なんてな、それも大昔の話だ。
レリア・ランフランクよ、話は聞いたな
ティム……さまが、強くなりたいとおっしゃっていたことですか?
ああ、こいつをちょっとばかし鍛えてやってくれんか。
うちの壺を割るほど元気な娘が傍にいてくれればやる気も出るだろう
ひゃっ、壺!? やります!
わたしなどでよろしければティム様の夢を全力で応援させていただきます!!
良い返事だ。
というわけだティム、お前はこれからこの者とともに鍛錬に励め
壺のことを謝ると、安物だったからとオスキツ陛下は大声で笑い飛ばしてくださった。
陛下はティムそっくりの凛々しいお顔に、性格は国王らしく堂々としていて実に豪快。
繊細なティムとは言動が正反対で笑ってしまうほど。
ごめんね、父さんわがままだから。
僕はメイドさんになってお手伝いしてもらった方がよかったんだけどなー……
あたしがメイド!?
ムリムリ、家事とか壊滅的だし絶対また何か割っちゃう!
うーん、確かにレリアさんは体を動かす仕事の方が向いてるかもね……
あたし、レリア・ランフランク6歳(もうすぐ7歳)!
ただの家出少女だったけど、行き着いたエルネア王国で国王陛下よりティム王子の専属コーチを任されました!!
というわけでこれからあんたをビシバシ鍛えてあげるからね!
ちょっと、何よその顔~……
う、うーん……
【次回予告】
刻一刻と試合の日は迫り、独身女性達によるティムへの激しい求婚に焦り始めたPCレリア。
彼を守ろうと恋人役に立候補するものの、「王族と外国の人は付き合えない」と告げられ強い孤独感に苛まれる。
次の記事>>>第3話:王家の掟
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今までの話はここから読めるよ。
レリアちゃんってば、王子に向かって王族やめろって……ぷぷっ
次の話はこの下だよ!
王族と移住者との結婚、他の国じゃOKらしいのになんでエルネアはダメなの~!?